2025-11-27

はじまりの場所がわからない|自分探しは、歩いてみながらやるといいかも

今日は朝から、歯医者に行ってきた。

珍しく、子どもの付き添いではなく、自分の。

ちょっとした違和感を感じながらも、家族の予定を優先したり風邪の看病をしたり自分も体調を崩したり‥でほったらかしちゃって、結局しっかりと虫歯だった。

いつまでもおいしいもの食べたいから、ちゃんと治してもらって、ケアも気をつけよう。(って虫歯を治療してもらうたびに心に誓うけど、数年ごとに繰り返すんだよね。)

ここ最近、ずっと“自分がどうなっていきたいか”について考えている。

2026年に向けた手帳の準備をするためで、そのためにいまの自分の現状を俯瞰してみたり、これからどうなっていきたいか、今まではどんなペースでいろんなことを乗り越えてきて、そんな自分がここからさらにおもしろい人生を歩んでいくためにはどんなペース配分で、何に気をつけながら進んでいけばいいか‥そんなことをchatGPTに相談してみたりもしながら考え続けて、そうしていたら、そもそも自分の原点ってなんなんだろう?っていう思いにたどり着いた。

未来のことを考えていたはずだけど、でもそもそも、そんな未来を手に入れてみたいと願うわたしは、どんな人なんだ‥?

ジャーナリングや、日々手帳を使って自分と向き合いながら生活していく中で「自分らしさを取り戻したい」「自分の原点に立ち返りたい」そう思っていたけれど、考えれば考えるほど心の居場所がどこだかわからなくて、はじまりの場所がわからない。

物心が着く前から引っ越しを繰り返す家庭で育ち、1歳半でもう“姉”としてのイメージを持って生きてきた。同じような状況でも、ありのままを受け入れられて、心のベースに愛情をたっぷり注がれていたら、もっとぐらつかないしっかりとした土台ができていたんじゃないかな‥そう思うけど、わたしはそうじゃない。いつもどこかに、何か足りない、さみしい気持ちを抱えていた。認めてほしかった、応援してほしかった。

いまでもまだ、こういう言葉を表に出すと涙があふれる。

泣いちゃうってことは、まだ癒やせてないんだろうね。

でもさ、もう、仕方ないじゃん。過去には戻れないし、いまさら昔のことを掘り返してどうこう言って、何かのせいにして生きていきたいとも思わない。そういうことに時間を使うよりももっと前向きな、おもしろいことにつながる時間を増やしていきたい。

だから、ときどきさみしさが顔をだしたら、「よくがんばってるね、えらいえらい。ちゃんと見てるよ。だから大丈夫、やりたいようにやってごらん」って、自分で自分に言ってあげようと思う。わたしが自分の子どもたちに思うように、同じように、声をかけて包み込んで、応援してあげるんだ。

もう、そうできるだけの自分にはなれてると思うから。

何か新しいことに挑戦してみようと思ったり、人とは違う道を選ぼうとした時に、どうしても心の中で何かストッパーがかかったようになって一歩踏み出すことにものすごいエネルギーが必要に感じてしまうことがあって、じゃあもういっそ、こんなこと望まずにいたほうがラクなんじゃないか‥って諦めかけたりしちゃうんだけどね、それはとってももったいないよね。

やってみたいと思えた気持ちを、大切に育てていこう。叶えたい夢を現実にするのには、時間がかかる。一足ずつ、やってくしかない。

大丈夫、ぼくにはぼくがついてるから。長くかかると覚悟を決めて、計画を立てよう。

踏み出す一歩を、たのしもう。

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